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先生に出会うということ。

前回までのあらすじ:旦那の転勤で沖縄にやってきたナビィ。自宅の平和を守りつつ、民謡居酒屋で衝撃的な「唄三線」とのめぐりあいを果たし、考えるのめんどくさいから習っちゃおうと近所の教室にさっそく強行突入するであります (゜◇゜)ゞ

 三線の音が聞こえる。建物は普通のプレハブよりちょっと高級なプレハブって感じ。民謡教室って書かれていた壁は実は先生ん家の壁で、稽古場は10mほど奥の別の建物だったのだ。
 4畳くらいの土間兼三線工房と、奥に20畳ちょっとありそうな畳敷きの稽古場。稽古場は見えないんだが土間のほうはガラス戸になっていて、中がのぞけた。40手前くらいの男性が三線をいじっている。

「あのー、ここ、三線教室ですよね? 見学したいんですけどー」
 言いながら入っていくと、おっ? っという顔をして、
「内地の人? 三線好きなの?」
 と聞かれる。最近内地から来たこと、民謡居酒屋は感動したこと、唄は全然知りません三線も触ったことありませんでもやりたいんですっ、という話をしたら (*’ー’)(,,*)(*‘∇‘)(,,*) うんうん って顔をして、土間から稽古場に上がるドアを細く開いてくれた。
 中から三線と唄が聞こえる。誰かが独唱してるのだ。
「今ちょっと、コンクール向けに個人練習してるからねー、歌が終わるまで待とうねー」
 そういわれてちょっとだけ待つ。聞いたことない曲なんだけど、実は知ってる曲のほうが少ないので問題なし。そんなことより流れてくる唄三線に

 おおおおぉおおお三線だーーーーー!!!!

 って感じ。民謡居酒屋でのライブにはキーボードや太鼓も入ってたため、こっちのほうがかなりシンプルなんだけど、もうそんなことどうでもいい。三線! 三線! って感じで思考がホワイトアウトしそうだった。
 唄が終わると男性が奥に声を掛けてくれた。奥からのっそり出てきた初老の男性が、教室の先生だった。

「あんた、○×△■□☆~~~×○◎×~~~~」

…………………
……………
……


(゜Д゜)
ポカーン
 ナニイッテンノヵ サッパリ ワカンナイアルヨ…



 こ、これが沖縄方言ってやつか!? (゜ロ゜; 三 ;゜ロ゜)










 で、結局なに言われてんの!?!? (゜ロ゜; 三 ;゜ロ゜)




 オイラが固まってるのを見た先ほどの男性が、
「内地から来たの?って。三線好きなの?って。 なんか知ってる曲はあるの?って」
 エヘヘ通訳入りマース(ノ∀`)
 
 ところどころ通訳をはさみつつ、三線習いたいので教室探してますってことを話す。見学させて下さいってお願いしてOKいただき、稽古場の隅っこにあがりこむ。
「今コンクールの仕上げの練習をしててあんま全体練習はしてないんだけど、最後に合奏曲もやるから見ててね」
 さっきの男性がそんなことを言ってくれたので、そのままぼーっと見学。曲は全然分からない。ていうかコンクールってなんだ? 時間の最後20分は全体練習らしく、今まで他の人がやってた曲を一通りみんなで演奏し、その後私に聞かせようと思ったのか、「安里屋ゆんた」を披露してくれた。

 おっ、これならわかるぜ! で口ずさんでいると三味線弾きながら先生が
「唄を、わかるなら、歌いなさいね」←日本語
と言ってくれたので生カラオケ(*'▽'*)って思って適当に歌う。その後サービスよ! とかいいながら「花 ~全ての人の心に花を~」を演奏。ノってきた先生が生徒さんの弾く花で適当に踊りだす。

 ちょwwwww ここでいいかもwwwwww

 そんな感じで午後のお稽古が終わり、夜9時からもあるから来なさいね! と言われて勢いで

(o ̄∀ ̄)ノ”ぁぃっ

 そして夜の部が始まる……
 夜9時から、といわれて行った稽古場ですが、まず 全 然 集 ま っ て ま せ ん。これが噂に聞くウチナータイムです。9時から、というのは9時に家を出なさいって意味くらいに思っとけば間違いない。
 後に沖縄のお友達とお出かけしたとき、集合までに2時間かかったうえ、来ない奴が普通にいる(しかも誰も怒らない)っていう状況になれるにしたがって、「時間ぴったりに集まらんことくらい何サ(*´∇`*)」って気持ちになるのが人間の恐ろしかところですたい。
 
 コンクールが何かも未だに全く分からないのですが、昼間のように一人づつ曲を弾き唄い、それに対して先生が直すところを直し、ダメな部分は叱り、特に言うことがなければ頷いて次へ、という流れで進みます。途中休憩時間に適当におしゃべり。教室は15名前後の人たちが来てて、コンクールが終わったらもうちょっと増えるよ、とのこと。
 相変わらず先生の言ってることは全然わかんないんですが、他の人は気をつかって(?)標準語で話してくれるのでちょっと安心。

 稽古が終わった後で、来週から来ますって話をする。先生の唄は実はあんまり聞いてないんだけど、ものすごく上手い生徒さんが何名かいて、それを教えてるのが先生であること、教室の雰囲気も悪くないことなどが決め手でした。実際、生徒さんの半分は既に教師免許を取り終えていたり、師範の選定にかかってたりしてましたから。
 本当に偶然ですが、協会の本部だったんですよ、この教室。なので協会で噛んでる舞台は全部出演。年に3回ほどの大きな舞台とコンクール、そのほか細々したサンエー(地元スーパー)での公演だの、三線の日の舞台だの……本当に恵まれてたんですね。



 今なら思う。

 教室に入って師匠につくっていうのは、賭けみたいなもんです。教室行ったことが無い人にはわかりにくい部分ですが、師匠と合わないとか不満があるからといってコロコロ変えられるもんじゃないんだよね。
 流派があって、流派の工工四を使い、唄は師匠から口伝で教えてもらう。工工四は本来流派の外に出してはいけないものですし、流派が変われば工工四も変わるので、気軽に変えることが出来ないんです。

 また、師匠のツテやコネといったもので、出られる舞台や発表会は大きく変わります。オイラは教師免許は持ってるので教えることは出来るけど、発表の舞台を用意してあげることは難しい。じゃあどうするか? っていうと、師匠のやってる発表会などに混ぜてもらうということになります。発表の場があるってことはホンマにすばらしいんですよ。

 自分はどうかって意味では、その賭けには勝ったんだと思います。地謡や舞台公演、刑務所の慰問などなど、沢山の舞台に立たせていただいた。立てない舞台もあったですが、その練習を通して沢山の唄を聴けた。
 一番印象に残っているのは地謡です。琉球舞踊の伴奏として、唄三線を受け持ちます。
 反面、POPなどの流行歌は非常に疎いです。これは舞踊の練習に時間が取られすぎてて手が回らなかったとこです。ほんまにやりたい曲は自分でどうにかやってましたが(*ノェノ)

 実際、沖縄の民謡CDとかのラインナップをみても数曲
「これ、シラネ」
ってのが混じるんですが、沖縄舞踊曲集見ると
「ってか全部出来るしwwwwww」
となります。こういう偏りも、先生の指向性によるんですよね。これから教室入る人の参考になるか分かりませんが、地謡の分担はあるのか、あるなら年に何回くらい舞台あるのかってとこは確認してみるのがいいかもしれません。舞台の数が多いとそれに鼻面引っ張りまわされて他の曲をあんまやらなくなっちゃうんですよね。

 そして先生との出会いは芸能との出会いです。先生によって大きく左右される芸の道ってやつを理解できたのはこれからずっとずっと先のお話でした。
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テーマ : 楽器 - ジャンル : 音楽

コメント

No title

ほんとうに「出合い」という事がありますね。
僕が先月から通い始めた教室の師匠は、あこがれていた某唄者の妹弟子なので、内容的にもド真中ストライクでした。見学に行った他の教室になぜか入門しなかったのは、後にこういう出合いがあったからだと思っています。「ご縁」というのは不思議なものです。
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